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名古屋地方裁判所 昭和44年(モ甲)97号 判決

申立人 犬塚ひで

右訴訟代理人弁護士 石原金三

同 野尻力

同 小栗厚紀

被申立人 株式会社 湊屋

右代表者代表取締役 堀恵二

右訴訟代理人弁護士 坂井忠久

主文

一、本件申立を却下する。

二、申立費用は申立人の負担とする。

事実

申立人訴訟代理人は、「当裁判所が当庁昭和四二年(ヨ)第一、八九六号仮処分申請事件について同年一一月二一日した決定を取り消す。申立費用は被申立人の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

一、被申立人は、昭和四〇年六月一五日申立外大和紙工株式会社(以下大和紙工という。)に対して一、七〇〇万円を貸与し、右担保として連帯保証人である申立人所有の別紙(一)記載の不動産(以下本件不動産という。)について代物弁済の予約(以下本件代物弁済予約という。)と抵当権の設定をなし、同年一一月一五日右債権回収のため右代物弁済の予約完結権を行使したと主張して本件不動産につき、さきに申立人から提起した仮登記抹消等請求事件に対し所有権移転本登記請求および家屋明渡請求の反訴を提起し、これを本案として当庁に仮処分申請し(昭和四二年(ヨ)第一、八九六号)、昭和四二年一一月二一日当庁において「被申請人(申立人―以下同じ。)の別紙(一)の第二目録記載の建物に対する占有を解いて名古屋地方裁判所執行官にその保管を命ずる。執行官はその現状を変更しないことを条件として被申請人にその使用を許さなければならない。但し、右の場合においては執行官はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとるべく、被申請人はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。被申請人はその所有名義の別紙(一)の第一、二目録記載の不動産について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」との決定(以下本件仮処分という。)がなされた。

二、しかるに被申立人は昭和四三年九月七日前記債権回収の目的で本件不動産について当庁に対し抵当権実行による競売の申立(昭和四三年(ケ)第二五〇号)をなし、当庁において同月九日本件不動産につき競売手続開始決定がなされた。

三、右競売の申立は被申立人において本件不動産の時価は約四、〇〇〇万円相当であるので容易に債権回収を図ることが可能であるとして代物弁済で所有権を取得するより抵当権実行の方が適正なりとして後者を選択したものであるから、被申立人は右競売の申立によって本件不動産につき本件代物弁済に因る所有権取得の主張を放棄したものである。故に本件不動産の所有権取得を前提としてなされた本件仮処分は保全の必要性が消滅した。又被申立人においても保全の意思を放棄し、本件仮処分の保証として供託した三〇〇万円は担保取消決定を受けこれを取戻している。

四、よって、本件仮処分は決定後に事情の変更があったからこれが取り消しを求めるため本申立に及んだ。

と述べ、

被申立人の主張に対し、

被申立人の主張事実中、本件不動産につき被申立人主張のような各登記がなされていること、申立人・被申立人間の前記本訴反訴の訴訟につき調停が成立したこと、申立人が右調停の無効を主張して右訴訟の弁論再開を申請し、競売停止の仮処分の決定を得、更に右調停無効確認の訴を提起したことは認める。

と述べ(た。)

≪立証省略≫

被申立人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、申立人主張事実中、第一、二項の事実および第三項中本件仮処分の保証供託金を取戻したことは認めるが、その余の事実は全て争う。

二、被申立人が本件不動産について競売申立をするに至った経過は次のとおりである。即ち、

申立人が昭和四〇年六月一五日被申立人の大和紙工に対する貸付金一、七〇〇万円の債務につき連帯保証ならびに本件不動産に第一順位の抵当権設定契約および本件代物弁済予約をしたことは申立人主張のとおりであるが、同時に大和紙工の被申立人に対する商品取引による一切の債務を担保するため連帯保証人である申立人所有の本件不動産につき元本極度額一、〇〇〇万円の第二順位の根抵当権設定契約をし、同月一八日その旨の仮登記、設定登記などを了した。

更に被申立人は昭和四一年三月一二日大和紙工の被申立人に対する商品取引による一切の債務を担保するため同じく申立人所有の本件不動産につき元本極度額一、〇〇〇万円の第三順位の根抵当権設定契約をし、同月一五日右登記を了した。

ところが申立人は同四二年九月二二日になって当庁に前記各登記は無効であるとしてこれが抹消を求めて訴を提起した(昭和四二年(ワ)第二、六五八号)。そこで被申立人はその失当を争うと共に、同年一一月五日反訴を提起し本件代物弁済予約を完結する旨の意思表示をなし、これが代物弁済による本件不動産の本登記手続ならびに家屋明渡を求め(昭和四二年第(ワ)三、一九九号)、右反訴の提起と同時にこれが執行保全のため仮処分申請をなし本件仮処分を得た。

しかして右訴訟中右本訴および反訴について同四三年四月一二日申立人と被申立人に参加人松浦泰平、同松浦産業株式会社を加えて別紙(二)記載の調停が成立した。ところが申立人および右参加人両名は右調停条項第二項により被申立人に対し同年六月一五日までに支払うべき三、〇〇〇万円の内金一、五〇〇万円を支払わないので被申立人は已むなく右第二項の定めにより前記各抵当権に基づき本件不動産に対し競売手続をなし同年九月九日当庁から競売開始決定を得た次第である。

三、ところが申立人は同年一二月三日前記調停は錯誤に基づき且つ公序良俗に反するから無効であるとの理由で前記本訴および反訴事件の弁論再開を求め、右本訴を本案として前記競売事件につき同四四年二月七日競売停止仮処分の決定を得、さらに当庁に前記調停の無効確認の訴(昭和四四年(ワ)第七六一号)を提起し現に係属中である。

四、以上のとおりであるから被申立人は自己の被保全権利の確保のため本件仮処分の必要性は存続する。又申立人の主張は実質的な争いを無視し、形式的な競売申立をとらえて詭弁を弄するもので訴訟上信義に反し公平の原則からも当然許されない。

よって本件申立は失当である。

と述べ(た。)

≪立証省略≫

理由

一、被申立人が申立人主張の如く被申立人の大和紙工に対する貸付元金一、七〇〇万円の債権につき申立人との間に締結した本件不動産に対する代物弁済の予約の完結権行使を理由に本件仮処分を得たにかかわらず、その後又右債権につき設定された抵当権の実行として本件不動産の競売を申立て当庁において競売開始決定がなされたことは当事者間に争がない。

二、申立人は右競売の申立によって被申立人は右代物弁済による本件不動産の所有権を放棄したものである旨主張するのでかかる事情の変更があったか否かについて判断する。

債権保全のために不動産に抵当権が設定され、あわせて同一債権保全のために同一不動産について代物弁済の予約が締結された場合において、履行期にその支払を受けない債権者が右の何れの手段によって債権の満足を得るかは、特約のない限り、債権者の自由な選択に委せられるが、一旦何れか一方の行使に着手した以上は他方の手段に訴えることは選択の趣旨に反するばかりか、債権者のみの利益に偏するものであって許されないものと解すべきである。

そして債権者が代物弁済の予約完結権を行使して債権の満足を得ようとする場合には右代物弁済がいわゆる単純帰属型および帰属清算型である場合は勿論、いわゆる処分清算型のものである場合にも換価清算の目的のために、目的不動産の所有権は債権者に移転するものと解される。それで本件代物弁済予約が如何なる型式のものに属するかを論ずるまでもなく少くとも被申立人が予約完結権を行使したことにより、その時点において本件不動産の所有権は被申立人に移転したものというべきである。

従って被申立人が前記競売申立に及んだことは特段の事情がない限りは被申立人において本件代物弁済により一旦取得した本件不動産の所有権を放棄したものと推認しなければならない。

しかるところ、被申立人が右競売申立に及んだについては次の事情が認められる。即ち、

被申立人はその主張の如く申立人から本件代物弁済の予約の仮登記並びに本件不動産につき第一ないし三順位の抵当権又は根抵当権設定の各登記を了したこと、申立人、被申立人および参加人らとの間に別紙(二)記載の調停が成立したことは当事者間に争いがない。

しかして右調停条項によれば申立人は被申立人の大和紙工に対する貸付金、売掛金債権合計金三、七〇〇万円の連帯保証債務を承認し(参加人らは重畳的債務引受)、内金三、〇〇〇万円につき分割弁済すること、残金七〇〇万円の債務については被申立人において免除すること、若し申立人において昭和四三年六月一五日までに支払うべき第一回分割金一、五〇〇万円の支払を怠ったときは被申立人において右各抵当権又は根抵当権に基づき競売手続をなすことを申立人は承認すること、被申立人が申立人又は参加人から右第一回の分割弁済を受けると同時に仮登記など各登記を抹消し、且つ本件仮処分を解除することと定められていることが明らかである。

右各調停条項からすれば、被申立人は申立人又は参加人らの右債権の分割弁済を容認したものの、前記代物弁済予約完結権行使によって取得した本件不動産の所有権を申立人や参加人らのために放棄したものとはにわかに認めえない。

もっとも自己の所有物に対し競売申立をなすことは元来許されないわけであるが、本件においては、本件不動産は今なお申立人の所有名義になっているから形式上は不合理とはいえず、実質上においても本件代物弁済も競売方法も等しく清算手段であるから右調停により被申立人において同時に二つの手段を採り、窮極においてはいずれか一つの手段によって債権の回収を図ることを許されたものといわねばならない。

仮に同時に二つの手段を採ることが許されないとすれば本件においては競売申立の可否が論ぜられるに過ぎない。

三、以上説示のとおりであり、そして今なお申立人において前記各履行期における分割金の支払もしていない現状であることがうかがわれるので本件仮処分については未だ申立人主張の如き事情の変更はなく、申立人の本件申立は失当であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 高橋一之 村田長生)

〈以下省略〉

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